日本茶セレクトショップ『TEART』創業者・宮澤友理香インタビュー|起業の理由と茶文化の未来

プロフィール

宮澤 友理香(みやざわ ゆりか)/株式会社よすが 代表取締役。岐阜県多治見市出身、東京海洋大学海洋資源エネルギー学科卒。

卒業後、SaaS企業Repro株式会社でマーケティングを担当し、株式会社テレビ東京コミュニケーションズおよびデジタルグリッド株式会社で新規事業開発にも携わる。2025年2月に株式会社よすがを創業。日本茶セレクトショップ「TEART」と、日本茶文化を支える方々の想いを伝えるメディア「TEART JOURNAL」を運営し、日本茶文化の新たな可能性を拓くことを目指している。

今回はそんな宮澤友理香さんに、日本茶で起業した理由と国内外へ届けたい日本茶文化の未来像などについてお聞きしました。

Q1 なぜ今、日本茶で起業しようと思ったのですか?

私は、岐阜県多治見市の出身で、特別に有名な茶産地ではありません。日本茶に本格的に取り組み始めたのは、この半年ほどです。
それまでのキャリアは IT やデジタル、ソフトウェア領域が中心で、数字を追いかけて短期的に成果を出す仕事が多かったです。機能的価値や利益、便利さを重視する世界で、人の心が動く感覚は得づらく、ハードワークで心休まる時間もなかなか無く、そこには物足りなさを感じていました。

ずっと「起業したい」という思いは持っていて、生活に根ざした “こだわりのあるプロダクト” で、心が癒やされるものをつくりたいと考えていました。学び始めると茶道文化の奥深さに惹かれ、煎茶・玉露・ほうじ茶など多彩な世界があると知ってとても興味深さを感じました。海外向けの事業に興味もあったため、近年の日本茶、主に抹茶の市場的な可能性も感じられたこともあり、いくつものピースがガチッとはまり、日本茶での創業を決めました。

Q2 社名「よすが」という名前に込めた思いは?

合理的な世界から少し距離を置きたい――そんな思いがありました。
これまで私は成果主義・効率重視の働き方をしてきましたが、人間味ある「こだわり」や「非合理」の価値にも触れてみたかったんです。

一人旅で金沢を訪れた際、21 世紀美術館でたまたま手に取った『自分の仕事をつくる』という本に大きな影響を受けました。
その本では、建築家、プラモデル職人、パン屋など、「その人にしかできない仕事」でファンを獲得している職人気質の方々にインタビューしているという内容でした。彼らは決して合理的ではなくても、時間を惜しまず、リサーチやコンセプトメイク、お客さまとの対話に力を注いでいました。
「非合理な部分にこそ、人間的な価値が宿るのではないか」――そう考えるようになり、私もそんな働き方をすれば、もっと心豊かに、楽しく生きられるのではないかと思ったのです。

そこで私が一番大切にしたいと思ったのは、「人との縁」。ビジネスライクではなく、関わってくださる方やお客さまとのご縁を大切にする。時間がかかり、効率が悪くても、それを守りたい――その決意を忘れないように、社名を「よすが」にしました。

今、抹茶ブームで価格が高騰し、業者は出来るだけ新規顧客に高く売りたい、先生方も質より価格を優先したい誘惑に駆られる――そんな話を耳にします。それでも、「昔からの取引先を優先し、ご縁を守る」という姿勢は美しいと感じます。
よすがも、少しでもその在り方に近づきたいと考えています。

Q3 “お茶の時間を届ける”というコンセプトはどこから?

私自身、心が癒やされる時間を求めるなかで日本茶に救われ、「これは現代人に必要だ」と強く感じたところがありました。
日本茶はあまりに普及し過ぎていて、“あって当たり前” の存在になっていますが、意識して向き合うと、日常のスイッチをオフにしてくれる最高の舞台装置だと気づいたんです。これが起業の大きな動機でした。

機能的価値みたいな、安さやおいしさというところは、先人たちの努力で既に非常に高いレベルにあると認識しています。しかし物があふれる今、「モノ消費からコト消費へ」と言われるように、情緒的価値や時間という “形のないもの” を届けることが、新参者である「よすが」の存在意義だと考えています。

そうした “時間” を提供できるブランドになりたい。それが、私の思いです。

Q4  大学では「地域電力の経済循環」について研究していたと拝見したのですが、現在の事業との共通点はありますか?

びっくりしました。そこまで調べていただいて、ありがとうございます。
当時、私は 「地域電力をめぐる旅」 という企画に取り組んでいました。電力自由化の時代に、地域経済やエネルギー自給自足を掲げて立ち上がった人たちの姿が、とてもカッコいいと感じたんです。もっと話を聞きたいと思った私は、お時間をいただくからには私だけでなく他の人にも知ってもらうほうが良いと考え、取材内容を発信していました。

今、私が日本茶の世界で取り組む 「TEART」 も、本質的には同じです。実際に現地へ赴き、カメラを回し、作り手の想いを届ける。ただ、当時の地域電力の発信は私自身の関心に寄り過ぎ、エネルギー業界の狭い層にしか届きませんでした。大学生だった私はマーケティング視点がまったくなく、それが大きな反省点です。

そこで 、「TEART」では、パッケージをポップにしたり、アートと掛け合わせたりして間口を広げていくつもりです。さらに 「TEART JOURNAL」 という特集を打ち出し、日本茶を軸にしながらも、お茶農家・茶商にとどまらず、茶道家や掛け軸の書家、陶芸家など、日本文化を支える幅広い方々に光を当てたいと考えています。

日本茶にこれまでアンテナが立たなかった人にも届くよう、地域電力での学びを活かしながら発信していきたいです。

Q5  TEART JOURNALでの発信を進めていく上で印象に残っている出会いやエピソードはありますか?

第1弾の取材相手に選ばせていただいたのは、私が茶道を学んでいる堀井先生という方です。ここ半年ほどお稽古でお世話になっていますが、本当に素敵な女性で、「時間のかかること」を心から大切にされている方なんです。

オンラインセミナーなどで得る“ファスト”な学びとは違い、先生のお話は腹の底にじわっと染み込むような感銘があります。第一弾の映像が完成したら、ぜひ皆さんにも見ていただきたいと思っています。話される言葉がとにかく美しくて、読んだり聞いたりしたフレーズではなく、先生の中でしっかり育った言葉だと感じるんです。

私にとって堀井先生は大切な存在で、「いつか先生のようになりたい」と憧れる女性です。普段の生活では出会えない生き方に、茶道を通して初めて触れられた気がしています。

Q6  海外展開も視野に入れているというのを拝見したのですが、海外の方から見た日本茶の魅力について教えてください。

顕在化している需要としては、健康なのかなと思っています。

抹茶のブームも健康志向の高まりとともに来ていて、美容意識が高い方々の需要が高いのかなと感じています。一方で、潜在的ではありますが、だんだんマインドフルネスなど精神的な側面でお茶が見直されていくんじゃないかと思っています。自分が事業をやる上で訴求していきたいのは、健康などの機能的側面よりも舞台装置や儀式でのツールです。

インターネットが普及して、日本だけでなく世界的に心が休まりづらい中での疲弊感があるかなと思っているので、忙しさのレールから降りて自分の大切なものに目を向けようというライフスタイルが伸びてくるとお茶でも寄与できるんじゃないかと思ってますね。

Q7 インバウンド向けの茶体験ツアーではどのようなものを企画していますか?

インバウンド向けの企画での精神性を大切にしたいと思っています。

体験内容としては、茶室に入っていただいて和菓子やお茶を楽しんでいただきながらご自身でもお手前をしていただいてという一般的なものではあります。

しかし、「抹茶を飲んだ」というだけで終わらせるものではなくて、茶の湯の精神で心を落ち着かせて五感を開いて、今という一瞬に集中するという心もちに近づいていただけるように1回に1組というところを重視しておもてなしをするところが他の体験とは異なる部分かなと思っています。現段階では、四谷の茶室で開催する予定で進めています。

Q8 現在もっとも課題感を持っている領域は?

日本茶に惹かれる一方で、国内市場が縮小し続け、後継者も不足している状況だったからこそ、私はあえて参入しました。各地でお話を伺うと、「自分の代で終わりにする」という生産者さんが本当に多いんです。大規模に大手メーカーさんへ卸しているような組織化された茶園さんは別なのですが、日本茶は家族経営の小規模農家に多様性が支えられている面があるため、これが失われるのは非常に寂しいと感じています。

なぜ後継者がいないのかというところなのですが、市場が縮小し、飲む人が減り、価格も下がっているからなんです。そこに強い課題意識を持って取り組んでいます。「TEART」 をティーバッグから始めるのは、これまで茶葉を買わなかった若い世代にも手を伸ばしてほしいという思いからです。急須でお茶を淹れる層が 60 代中心となり、お茶屋さんも減っている現状を少しでも変えることができればと考えています。そして、ストーリーをしっかり載せて“価格を上げるチャレンジ”もしていきたいです。単なるお茶ではなく、現代人の心を癒やし、生産者を支えるモデルにできれば最高ですが、新しい挑戦なので本当にニーズがあるのか日々悩んでいます。

最初は、すでに顕在化している小さなコミュニティ、たとえば、日本茶に造詣の深い日本茶インストラクターさんなどに愛されるプロダクトを目指します。彼らが「いいね」と感じてくれれば、その人たちがギフトとして日本茶に馴染みのない方に贈ってくれるはずだと感じています。そのような段階的なステップを踏みながら、手探りで進めていきたいと考えています。

Q9 IT 業界から茶業界に飛び込んで感じたギャップと、異業種から挑戦したい人へのアドバイスは?

やはり 現地に赴くことは必要だと思っています。 IT 業界なら、サイト経由で連絡してオンラインミーティングという流れでクイックに関係を築けますが、お茶の世界はそうはいきません。人づてに紹介してもらい、実際に足を運んで訪問し、時間をかけて関係を作る必要があります。

そして、ビジネスライクな態度ではなく、相手の想いと課題を丁寧に汲み取る ことが大切だと思っています。長い歴史を持つ業界なので、そこは特に気を付けたいと思っています。

車がないと会いに行けない場所も多く、今は免許取得中です。時間も手間もかかりますが、その “不便さ” こそがやりたかったことだと感じながら進めています。

Q10 この事業で社会に与えたいインパクトは?

お茶の伝統と美意識を次世代に残すこと。そして現代人が焦燥感を手放し、平等に幸せを感じられるスローなライフスタイルを広げるコミュニティを作りたいと考えています。

編集後記

今回のインタビューを通じて最も印象的だったのは、宮澤さんが語る “非合理の価値” でした。数字や効率を追い求める現代ビジネスのど真ん中でキャリアを積んだ彼女が、あえて時間のかかる人間的な営みに心を寄せ、日本茶というフィールドに飛び込んだ――その決断には、私たちが忘れかけている豊かさへのヒントが詰まっているように思います。

日本茶市場は縮小し、後継者不足や価格低迷など課題が山積していますが、宮澤さんは「TEAART」を通じて “物語のある一杯” を届けることで、産地と消費者の双方をエンパワーしようとしています。生産者の想いや文化的背景を丁寧に編み込み、価格に「ストーリーという付加価値」をのせるアプローチは、まさに新しい日本茶体験の提案と言えるでしょう。

私たち編集部としても、今後の「よすが」の挑戦を継続的に追いかけ、茶業界に芽生えつつあるポジティブな動きを伝えていきたいと考えています。日本茶が再び“当たり前”から“ちょっとした特別”へと昇華する日は、そう遠くないかもしれません。

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